割れんばかりの拍手に送られて講堂を出る。
他の卒業生に比べてやたらと荷物の多い俺は、ブツブツ言いながら教室に戻った。
――クラス代表で、卒業証書を受け取る破目になってしまった。
もう『代表』は勘弁してくれ、と言ったのに、誰かが『木元くんがいいでーす』と言い出して
みんなして満場一致で可決しやがった。
最後のお務めかよ、と思いながら廊下を歩いていると、学年主任に肩をつかまれる。
「今年の答辞は頼んだからな!」
なにぃ!?
なんで俺っスか、もういっぱいやったでしょうが!と叫んでも、
高笑いしながら去っていくおっさんは振り返らない。
こういうのは、学年で一番成績のいい奴とかがやるんじゃないのか。
自慢じゃないが、せいぜい中の上だぞ?
数ヶ月前、恵美を『拉致』した件を不問にしてもらった以上、あまり文句も言えない。
結局俺は、3年A組の卒業証書の束と、答辞の原稿、卒業式次第のプリント、
ついでに何故か講堂前で待ち構えていた部活の後輩からもらった花束を、全部抱えて歩いた。
「……おまえらなぁ。ちょっとは持ってやろうとか思わねぇのか」
「おー、会長、ご苦労。もうすぐ教室だから、がんばってくれや」
――2度とやらねぇ。この先大学生になっても社会人になっても、人の世話なんか焼くもんか。
「まあ、今日はどうせ彼女と待ち合わせだろ? 打ち上げに遅れても何も言わないから、ゆっくりして来いよ」
教室のドアを開けてくれたクラスメートが、そう言って肩を叩いて行く。
……そこまで気を遣ってくれんなら、ひとつくらい持って行けってんだ。
とりあえずクラスの連中とは夜になってから落ち合う約束をし、
いきなり部活のマネージャーの娘に泣かれたり、生徒会の後輩から色紙をもらったりしながら、
正門を出て並木道を歩く。
途中で待っていた恵美を見つけて、漸く息をついた。
「お待たせ」
「……うん。忙しかったでしょ」
「そりゃあもう。みなさんの愛情に送られまして」
「人気者だもん」
「……そうなんだかどうなんだか。単に使われただけの3年間でした」
「何言ってんの……でも、無事だったみたいね」
恵美が俺の腹のあたりを見ながら言う。
つられて自分の腹を見下ろしてみるが、何が無事だか分からない。
「……別に、殴られたりはしなかったぞ?」
「違うわよ! ……第2ボタン。取られなかったの」
第2ボタン? 今時そんなの欲しがるヤツがいるのか?
しかも、ガクランの金ボタンならともかく、ブレザーのボタンなんて3つしかない。
「くれとは言われなかったなぁ」
「……ふーん」
こんなプラスチックのボタンもらっても、どこかに紛れてそれきりじゃないのか。
俺はふと思い立って襟の校章を外すと、恵美の手をつかんでその上に乗せた。
「やる」
「……え? いいの?」
「ああ。ボタンよりましだろ。欲しいんならボタンもやるぞ? 3つとも」
「いいわよ、そんな。……でも校章なんて、記念のものじゃない」
「――おまえが持ってりゃいいよ」
右手を開いてしばらく俺の校章を眺めていた恵美が、両手で包むように校章を握り締めて、
大事そうに胸元に押し当てた。
……どうせなら、俺の手でそれやってくれないかな。
そんな考えが頭に浮かんだ時に恵美が顔を上げ、なんとなく慌てて笑ってごまかす。
「……ありがと」
照れくさそうに笑って言う。
……そういう……可愛いことを……するとだなぁ。
「っきゃぁーーー! な、何!?」
俺は恵美の頭を両手で抱えると、自分の頭をぐりぐり擦りつけてやった。
髪をぐしゃぐしゃにされて、目も口も丸くして見上げる恵美に、へっ、と笑う。
「マーキングだ」
「……はぁ?」
「明日っから俺はいないからな。変な男が寄って来ないように」
「……ナニソレ」
「だから、その辺の男がおまえに寄って来ても、俺の匂いに恐れをなして去って行くわけだ」
「やだ、なんか臭そう」
そう言いながら自分の髪を鼻の前に引っ張ってきて匂いを嗅いだりしている……違うだろ。
「いや、女の子には魅力的な芳しい香りなんだが、野郎には危険を察知する匂いとしてだな」
「……誰も寄って来るわけないじゃないの」
「いーや、分からん」
「だって、全然知らない人にまで言われるのよ? 『あ、元生徒会長の彼女だ』って」
おや。それは知らなかった。
「それ、まずいか?」
「……まずくないです」
「いいじゃんか。今度は『優秀なかっこいい大学生の彼女』で、そのうち
『素晴らしいセンスと卓越した技術を持つ建築士の彼女』で、次に
『カリスマ的人気を誇る有名建築デザイナーの妻』に――」
あれ?
なんか勢いに乗ってすごいこと言ったような気がする。
「……え?……」
すっかり固まっていた恵美が、みるみるうちに頬を真っ赤に染めた。
……こっちが照れるんだけど。
「あー、まあ、そういうこと。あ、これもやる。持って帰ってくれ」
そう言って、花束を押し付けると歩き出した。
「……そうか。もう学校に行っても隆太郎はいないんだね」
「そりゃそうだ。いたらどうするよ。おまえのクラスとかに」
「……誰もそこまで言ってないでしょ。でもなんか、いつも生徒会室にいそうだから」
そうだな。
明日から、確実に会える場所はひとつなくなるわけだ。とりあえず。
「でもまあ、これからは却って俺のほうがヒマになるんじゃねぇの? 今度はおまえが受験だろ」
そう言うと、今気が付いたというように俺を見上げた。
「そうか。そうだった。あたしが受験なんだ」
「……あのなぁ。大丈夫かよ」
「……大丈夫かな」
「知ーらね」
「ぎゃー、そんなこと言わないでよ」
「はいはい。心配しなくても、勉強くらいみてやるよ。成績優秀な麻子先生もいるし」
「うー。お願いします」
こりゃ、またしばらくは『図書室デート』か。……ちょっと待てよ、じゃあ当分『お預け』か?
「……どうしたの?」
「あ? ……いやいや、なんでもない」
自嘲気味に笑って、天を仰ぐ。
これから、恵美が受験して大学生になって、俺が先に就職して社会人になって。
――いつか。
ほんとにいつか、2人して自分の足で一緒に歩いて行ける時まで、俺は何度天使の声を聞くだろう。
どこかで迷って、つまづいて、歩き出すその時。
この手を離さずに、同じ声に応えて進めるだろうか。
少なくとも今は、このまま同じ場所を目指して歩いて行けると信じたい。
――そして、そう遠くないいつか、この左側の声に逆らえない時が来ても。
それは、覚悟しておいてくれよな――。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||