君の手は冷たかった。
いつもの帰り道で、何度も口を開こうとしてためらった。
本当に正しい答えなんて、どこにあるんだろう。
笑っていてほしかった。
無理をした笑顔じゃなくて。言葉を選ぶ瞳じゃなくて。
こんなにも、互いに優しくすることが難しいのなら、答えは出ているんだ。
一瞬、つないだ手に力をこめる。
大きく吸い込んだ息は、僕の胸の奥まで凍りつかせた。
「……もう、やめにしないか」
「え?」
君が足を止める。僕を見上げるのが分かる。
すべり落ちるように、2人の手が離れた。
掌の中から消えた時、君の手が小さいことに気付く。
「何がダメなのか、ずっと考えてた――きっと、どれも小さなことだと思うけど――
このまま一緒にいるのは、無理なんだと思う」
笑っていてほしい。君に。
もし、僕じゃない誰かの力でそれができるなら。
あまりにも自分を飾る言い訳は、声にならない。
「……それ、って……」
そうだ。
何事も始まりと終わりには、言わなきゃならないことがある。
『好きだ』という言葉で始まった2人を、終らせると決めたなら。
「もう、会わない。――俺、おまえと一緒にはいられない」
固く目を閉じる。息を止める。
まわりの空気が全部、僕らを押し潰していく。
泣いてもいい。怒ってもいい。
全部吐き出して、僕にぶつけてくれていい。
明日からの君が、本当に笑えるのなら。
「……分かった」
小さな声に顔を上げる。
僕を追い越して、彼女は歩いて行った。
一度も振り向かずに、どんどん足を速めて、ついには駆け出した。
「――おい!」
靴の底が冷たい地面に張り付いたように、足が動かない。
追いかけて、追いついて、何を言えばいい。
何を言う資格が、僕にあるという。
――今にも雨が降り出しそうな、星も見えない空。
閉め切ったテナント。音のない夜。
気付けば、僕は走り出していた。
思ったとおり、公園のブランコのそばに君がいた。
「どうして……」
「どうしてって……だから、さっきも言ったけど――」
つまらない言い訳を繰り返す。
もう、そんな顔は見たくないんだ。
あの笑顔も、涙も、拗ねた瞳も、甘える声も。
わがままも、強がりも、柔らかな温もりも。
2度と、僕の掌には帰らない。
ふざけ合って歩いた、帰り道。
次に会う約束。くだらない口ゲンカ。
ひとつの傘の中で、初めてキスをした路地。
空に浮かぶシャボン玉みたいに、僕の目の前で消えていく。
せめて、君の笑顔だけは、消さずにいたい。
だから。
「……これ以上、嫌いにさせんなよ」
けれど。
「嫌いになんか、なりたくない。俺は――」
顔を上げた君の瞳を、僕は一生忘れないだろう。
結局、君を傷付けてばかりだ。
歩き出した彼女の後を、黙ってついていく。
その道に残る2人の空気を、拒むように息を潜めて。
家の前で立ち止まる。やっと振り向いた君と視線が合う。
――神様なんてものが、もしもいるのなら。
今、僕が言うべき言葉を、与えてほしい。
「……じゃあ」
笑ってくれたのは君。
笑顔を作ろうとして失敗したのは僕。
開いたドアに、細い背中が消える。
無意識に伸ばした右手は、そのままコートのポケットに入る。
「……ごめん」
これから先の君に、何も残せない言葉を道端に落として。
僕は緩い下り坂を、ゆっくりと下りていった。
――ポケットの中の手に、君の小さな冷たい手の感触を残して。
はい、短いのであと書き(?)はこの辺にぽちっと(笑)。
えー、こちらは、出稼ぎ携帯サイトに掲載された「帰り道〜uphill〜」の
サイドストーリーです。
あちらは上りでこちらは下り。
彼氏サイドも書いてみたくなったので、おまけです。
なんとも寂しいと言いますか、名前すらなくてごめんなさい(汗)。
「別れ」の瞬間を越えた2人が、これからどんなことを想うのか。
ちょっと考えてみたらこうなりました。
お目に留まりましたらばよろしくお願い致します。
お読み下さって、どうもありがとうございました。
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