Is it true in a lie?


いったい何の祭りだろう、と思うほど、広大な敷地内には大勢の人、人、人。
その大半がこれから自分の同窓生になるのかと思うと、気が遠くなってくる。
レンガ造りの近代的な建物が並ぶ双竜大学は、この春から俺が4年間を過ごす場所になる。
恐らくはポカンと口を開けて眺めていた俺の横で、同じように目を丸くしていた早智が息を吐いた。
「……広いねぇー」
「そりゃ、大学だからな」
「どういう意味よ。あ、でも、隣に女子大もあるんだもんね。広いはずだわ」
そうか。
あまり意識していなかったけれど、双竜大の同じ敷地内には、双竜女子大ってものがある。
そのせいかあちこちに女の子だけのグループができていて、
在学生らしい男どもが声をかけたりしている光景があった。
「ラッキー、とか思ってるでしょ」
「バカ言え。俺が何学部に行くと思ってんだ」
工学部に女子は少ない。その中で可愛い子がいる確立は、どのくらいのものだろう。
一瞬頭に浮かんだ考えを振り払い、ことさら難しい顔を作ってみる。
「そうよ、その工学部の場所をしっかり覚えていかなきゃ。これから通うのは東條君なんだからね」
……だから、ここのオープンキャンパスに来たんですが。
誰でも見学できるというこの日は、もうすぐ開かれる入学式で俺と同学年になろうという連中と、
来年に向けての参考にしようという後輩達で溢れている。
近くの短大に進学を決めた早智は、このイベントの話を聞くと飛び付いてきた。
どうやら、俺がどんなところに通うのか見ておきたかったらしい。
「えーと、こっちね。ちゃんと覚えてってね。あたしが来るのは今日だけなんだから。さ、行くわよ」
「……へい」
いつものことだが、どうしてこうなってるんだろう。

しかし、早智がはりきっていたのはここまでだった。
「……あれ?」
「……どこだ、ここ」
「ちょっと待って。えー、と……あら?」
学校案内のパンフレットをめくりながら首を傾げる早智に、俺はこっそりため息を吐いた。
こいつは、自分の方向音痴を自覚していない。
結局は俺がフォローすることになるんだが、こっちもまだ全体を把握していないので、自信はない。
どこかに案内板でもないかと探していると、少し遠くにそれらしいものが目についた。
「ちょっと、見てくる」
相変わらずパンフレットを睨んでいる早智に言って案内板を見に行き、だいたいの場所を確認して、
ふと振り返ると、早智が消えていた。
「――おい、早智!」
声を大きくして呼んでみるが、返事はない。
こういう時に動き回るのは良くないと分かっているけれど、とにかく広い通りの方へ出てみる。
いない。
しばらくウロウロしていると、尻のポケットで携帯が鳴った。
ああそうか、携帯にかけりゃ良かったんだ。
自分で自分に苦笑してディスプレイを見ると、メールが入っている。
『食堂みたいな所にいるよー。ここで待ってるからね SACHI』
何だそりゃ。
食堂みたいな、って、学食だろう。
俺はさっきの案内図を思い出して頭が痛くなった。
学食だけで3つはあるし、喫茶店のようなものもいくつかある。
『どこの食堂だよ。いいから電話して来い TAKE』
メールを送ってしばらく待つけれど、着信はない。
しかたなく電話をかけると、留守番サービスになった。
何をやってるんだあいつは。
手近な食堂を覗いて、探して、見つからなくて、
ウロついている間に図書館を発見した俺は、とりあえず中に入ってみた。

ここも広い。
図書館というより、博物館みたいだ。
見事なまでに、しん、と静まり返っていて、慌てて携帯をマナーモードにする。
せっかくここまで来たし、ここの蔵書がどんなものかぐらい見ておくか。
そう思った俺は、書架の間を歩いてミステリのコーナーを探す。
まだ教科書すらチェックしていないんだから、趣味の本から見たっていいだろう。
天井まで届く書架には、一通りの本が揃っているようだった。
途中まで読んだシリーズ物の新しいのを見つけて、思わず手に取る。
と、近くにいた在学生らしい男と目が合った。
俺が手にした本を見て、ふ、と小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「……何ですか」
「いや、別に」
そいつが持っている本には、横文字のタイトルが並んでいた。
著者名には『Lawrence Block』……知らねぇ。
何となくバツが悪くなって、鉄道ミステリで有名な日本の作家の本を棚に戻した。
「見学?」
俺と同じくらいの身長のその男が、余裕の笑みで訊いてくるのを睨み返す。
「そうですけど」
「ふーん」
何だよ。どうせ俺は、洋物といったらクリスティかコナン・ドイルだよ。文句あるか。
「いや、邪魔したな」
「あ、ちょっと」
思わず声を上げた俺に、男が首を傾げる。
「……すいません、食堂みたいな所って、どこだと思いますか」
「はあ?」
仕方なく事の次第を話すと、困ったように苦笑した。
「ああ、そう……俺もちょっと、人を探してるんだけど……まあいいや。
たぶん、中央食堂じゃないかな。一番でかいし」
「どの辺ですか?」
「えーと、ここを右に行って……いや、そこまで一緒に行くよ」
「……すいません」
持っていた本を棚に戻して歩き始めた男について行く。
「ああ、俺は御村っていうんだ。今度、ここの3回生になる」
「あ、東條です」
なんとなく自己紹介をし合い、これと言って話もしないまま、でかい食堂に着く。
「さて、どこから探すかな……」
時間は午後の2時。ちょうど空いてくる頃なのか、食堂の中は思ったほど混み合っていなかった。
しばらく視線を泳がせていた俺と御村の顔が同じ方向を向いて止まる。
「早智!」
「那波!」
ほとんど同時に上げた声に思わず顔を見合わせると、窓際の席の2人がこっちを向いた。

俺は早智の顔を見て、向かいに座った髪の長い女性の顔を見て、御村の顔に戻った。
「「誰だ?」」
またしても同時にそれぞれの相手に向けて言った俺達に、早智と向かいの彼女が吹き出す。
「那波、図書館で待ってるって言ったろ」
「あ、ごめんごめん。この子が道に迷ってたから、ここならすぐ分かるだろうって、連れて来たの」
「とりあえず、座ったら?」
にこにことして言う早智を睨んで、その隣に腰を下ろす。
御村も同じように、向かいに座った。
「メール、見た?」
「見たよ。あんなんで分かるかよ。電話には出ないし……」
「ごめーん、ここさっきまで結構混んでたんだよ。聞こえなかったの」
「で?」
小首を傾げて俺と御村を見比べるもう1人の彼女の顔を、改めて見る。
……うわー。
「どうしたの?」
「あ、いえ、何でも」
「綺麗な人だなー、とか思ったんでしょ」
思った通りのことを言う早智に、渋い顔を向ける。
けれど、そうだともそうじゃないとも言えないだろうが。
くすくす笑っていた彼女が、御村のほうを向いた。
「御村君、こっちの彼、友達?」
「まさか。さっき図書館で会ったんだよ。連れの子とはぐれて、
食堂ってことしか分からないって言うからさ」
「いい勘してるじゃない」
「ま、簡単な推理だな」
すまして言う御村に、彼女が微笑む。……何だ、そういう関係なわけか。
「はじめまして。那波優奈です。隣の双竜女子大の3回生になるの」
「えーと、東條です」
「工学部に入学するんですよ」
横から言った早智に、那波さんが優しく笑う。
「あなたは、どこの学部なの?」
「あ、違うんです。私は駅の向こうの短大に行く予定で……今日は、付き添いです」
付き添いに迷子になられちゃかなわないんだけどな。
そう思った俺に気付いたのか、向かいの2人が意味ありげな笑みを浮かべて俺を見る。
「……那波、時間なくなるぞ」
御村が車のキーを出しながら腰を浮かせるのを見て、
那波さんが慌てて飲みかけの紅茶を飲み干した。
「ちょっと待ってよー」
「買い物があるって言ったのはそっちだろうが」
言い合う2人を眺めていた早智が、のんびりと口を開いた。
「お2人って、恋人同士なんですか?」
訊くまでもないだろう。
ところが目の前の2人は、何とも言えない顔で固まっている。
と、御村のほうが軽く咳払いをした。
「えー、それはだな」
「そういうわけでもないんだけどね」
あっさりと言った那波さんに、やっぱり、という顔で御村がため息を吐く。
「相棒っていうか、そんな感じかな」
微笑む那波さんと、目を逸らす御村を見て、俺は少し彼が気の毒になった。
「あなた達は、付き合ってるんでしょ?」
「はい、そうです」
はっきりと頷く早智に、俺は思わず目を上げた。
「おい」
「あら、違ったっけ?」
「違わないけどさ、もうちょっとなんつうか、言い方ってもんが……」
少しは恥らえ。
言っても無駄だとは分かってるけど。
と、御村が下を向いたまま笑いを堪えているのが目に入った。
那波さんのほうは、満面に笑みを浮かべて俺達を見ている。
「いや、あの、すいません、えーと」
うろたえる俺の頭に、柔らかい手が触れた。
「いやー、照れてる! 可愛い〜!」
がしがしと頭を撫でられる。
那波さん、こういうキャラか。いやそれより、胸が。目の前でこう、揺れてるんですけど。
隣の早智が笑う気配と、向かいの御村の刺すような視線に気付いた俺は、我に返った。
「ちょ、あ、あの!」
「あはは、ごめんね。つい可愛くて。ねえ?」
言われた御村は、そうだな、と無表情に呟いて席を立った。
「ほら、行かないなら置いてくぞ」
「行くってば。――あ、良かったら一緒にどう? この辺のお店とか、案内するよ?」
冗談じゃない。
またあんな風に『がしがし』されたら、いつこいつに刺されるか分からない。
と、早智がにっこりと笑って言った。
「いえ、まだ肝心の工学部にも行ってないですし、また今度」
「そう? 秋山さんも学校近いんでしょ? また遊びにいらっしゃいよ」
「はい」
にこにこと手を振り合う女性陣と対照的に、俺と御村は軽く目で頷き合うだけで別れた。

「いい先輩がいて良かったねー」
ご機嫌の早智は、俺の少し前を跳ねるように歩いている。
「……本気で言ってんのか?」
「なあに?」
「いや」
確かに早智の行く短大は近い。遊びに来るのは一向に構わないんだが……。
俺は自分のキャンパスライフを想像して、ため息を吐いた。
「でも、すごい美男美女カップルだよね」
「カップルか?」
「微妙?」
「いや知らんけど」
「那波さんみたいな人と、お知り合いになれて良かったよねー」
「……またそういうことを言う」
「御村さんもカッコいいし!」
まあそれはそうだけど。
完全に那波さんに振り回されてる感じだな、あれは。
……人の事は言えないかも知れないが。
「おまえ、何だかんだ言って面食いなんじゃないか?」
「そうだよ。だから丈瑠と付き合ってるんじゃない」
これは、喜んでいいのか。
考え込んだ俺の顔を覗きこんだ早智が、いたずらっぽく笑った。
「今日、何日だっけ?」
「え? 4月……1日……?」
だから何だ、という顔をした俺の頬を、早智の指が突付く。
「何の日だ?」
エイプリル・フール。
いわゆる4月バカ。
「さ、今度こそ工学部見に行こう!」
駆け出した早智の背中に、俺は叫んだ。
「おい! ちょっと待て! どういう意味だそりゃ!」
――俺のキャンパスライフは、平穏に終わりそうもない。

〜fin〜


鷲尾美月様作ステキおまけコミック&管理人あと書きはこちら

メニューページへ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送