最近、様子がおかしいような気がする。
マイペースで無口なのは相変わらずだけど、何か言いかけて口ごもることが多くなった。
気のせいかな、とも思うのだけれど、目が合うと逸らしたりして、やっぱり変だ。
彼と出会って、もうすぐ1年になる。
最初の半年くらいは、なんとなく一緒にいるだけ、という感じだった。
しばらく離れていた時期があって、それから少しづついろんな話ができるようになったと思う。
ケンカもした。一晩中眠らずに話し合ったこともあった。
なかなか話してくれなかった、彼の家族のこと。これからの自分のこと。
そして、二人のこと。
いつの間にか、一緒にいてとても楽に呼吸ができている自分に気付いた。
彼の笑顔が増えたことも、冗談を言い合えることも、黙って隣にいるだけで
それが当たり前に思えることも、みんな嬉しいのに――。
いったい、何を考えているのだろう。
毎月末になると、私の勤める会社は忙しい。
食品などを卸す仕事だから、請求や支払いや見積もりなど、やることはいっぱいある。
だからこの時期は叔父さんの店を手伝うこともなく、下っ端の私にも少し残業があったりする。
「中田さん、今、手空いてる?」
そろそろ帰ろうかな、と思っていると、2年先輩の男性社員――塚本さんが顔を出した。
「あ、えーと、はい」
「ごめん。悪いけど、これ明日までに必要なんだ。
ワープロで清書して、20部綴じておいてもらえないかな」
……20部、ですか……今日は帰りたかったけど、仕方ない。
「はい、分かりました」
「遅くにごめん! 後でメシおごるから!」
メシおごる? てことは、塚本さんが帰れるまで待たないといけないの?
いや、まあ、真に受けることはないわね。
社交辞令、社交辞令、と言い聞かせて、仕事にかかった。
……どうして、私はこうトロイんだろう。
春明がここにいたら、後ろからハタかれていたかもしれない。
セリフまで浮かぶ。『寝てんのか、おまえは』……なんかくやしいぞ。
結局、清書を終えて20部コピーし終える前に、塚本さんのほうが仕事を終わらせてしまっていた。
一緒に綴じる作業をして、そのまま並んで会社を出る。
「……すいません、仕事遅くて」
「いやいや、もともと俺が頼んだことだし。助かったよ。帰りがけに、悪かったね」
「いえ、とんでもないです。じゃあ、お疲れ様でした」
「え?」
「は?」
塚本さんが立ち止まったので、思わず足を止める。
「いや、メシおごる約束だけど――なんか予定ある?」
予定、というほどのものはないけど……今日は金曜日だし、春明の学校はもうすぐ試験に入る。
今夜会わなかったら、しばらく会えなくなってしまうけど……。
8時を回っていた。家では店を閉めて、夕食の最中だろう。
「腹減ってない? 良かったら付き合ってよ。一人で食ってもうまくないし」
笑ってそう言われたら、断る理由もない……かな。
「あんまり遅くなれないんですけど…」
OK、近いとこでいいよな、と歩き出す塚本さんについて行きながら、
なんとなく悪いことをしているような気分になった。
食事はおいしかった。
お酒はちょっと、と断ると、イタリアンのお店に連れて行ってくれた。
さっき食べたパスタ、春明の好きそうな味だったな。
どうやって作るのかしら……と思いながら、時計に目がいく。
9時半。そろそろ、外泊するなら家に電話を入れないと。
その前に、春明が部屋にいるかどうかも確かめてない。
美大に入ってから気の合う友達もできたようで、時々飲みに行ってたりするし。
かと言って、ここで携帯を出してかけるわけにも……。
「ああ、時間ないんだよな」
う。そんなに態度に出てたかしら。
「ええと、あの、ごめんなさい、今日は――」
ああもう、なんで私ってこうはっきり言えないんだろう。
今日じゃなきゃいいみたいじゃないの、って、考え過ぎか。
「悪い悪い、引き止めちゃって。――彼氏?」
「あ、はい」
こくん、とうなずくと、塚本さんが軽く眉を上げて、吹き出すのをこらえるような顔をした。
「……カマかけたつもりだったけど、思い切り牽制されたな、こりゃ」
「は?」
「いや、いい。じゃ、出ようか」
「あ、はい、すいません、慌しくて」
唇の片端を上げるような笑い方――春明と同じ。しょうがねぇな、おまえ、ていう笑顔。
ごちそうさまでした、と店を出て、駅まで送ってもらって、やっと春明の部屋に電話をかけた。
3コールで受話器が上がる。あ、私――と言いかける声をさえぎるように『遅い!』と怒鳴られた。
半分笑いを含んでいるような声に安心して、私も言い返す。
今の時期忙しいんだってば――電話くらいできなかったのか?
――
手が離せなかったの!これでも急いでかけてるんだから――はいはい。で、来れるのか?
――うん。
今から電車乗るところ――家には? 電話した?
――これからかける。だって、春明いないかも知れないと思ったし
――
試験前だぞ、俺は――そう言えばそうね……いいの? 行っても――
……ばぁか。駅着いたらまた電話しろ。迎えに行ってやるから――うん。分かった。
彼の言葉のひとつひとつを全部、閉じ込めるようにぎゅっと頬に手を当てて、
早足になりながら定期を出す。
各駅に止まる電車が、とても遅く感じられた。
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