Cookie which spring Santa Claus gave
今年から花粉症デビューを果たした要は機嫌が悪い。
夜も良く眠れないらしく、朝から不機嫌さを滲み出させていた。
あまり朝食も取らずに出勤し、僕が仕事から帰ってもまだ戻っていなかった。
出先で夕食を済ませるというメールを送っておいたので、
そのうち帰ってくるだろうと先に風呂に入って寛いでいたところへご帰還だ。
「お帰り」
「ただいま……ごめんね、遅くなって。今ご飯作るから」
「え? メール見てなかったのか?」
「メール……?」
慌てた様子で携帯を取り出し、受信をチェックする。
手に持ったままだったスーパーの袋を台所の調理台に置くと、肩を落としてため息をついた。
「なぁんだ……」
「あー……電話すれば良かったな。おまえ、まだなんだろ? 一緒に作ろうか」
「いい、もう、いらない」
そう言うと、買って来た食材を冷蔵庫にしまってひとつくしゃみをする。
「調子悪いんならさ、ちゃんと食べたほうがいいぞ?」
一応心配して声をかけても、力なく首を振るだけだ。
「お風呂、入ってくる」
「ああ。早く寝ろよ」
そんなにしんどいのかな。
病院には行ってるし、薬も飲んでる。ものすごくつらそうにも見えないんだけど。
こっちだって気を遣ってるんだから、そんなに毎日イヤな顔してなくたっていいじゃないかよ。
――と、もっと早くにはっきり言っても良かったんだ、今思えば。
風呂から上がって、僕の座ったソファの足元にへたり込むと、再びため息をつく。
「――大丈夫かよ」
「……うん」
「疲れてんじゃないか?」
「……そうね」
「あのなぁ」
今度はこっちがため息をつく番だった。
「――つらいのは分かるけどさ、俺も仕事してきてんだし、そんな顔されてちゃたまんないよ」
「……じゃあ、笑ってるようにする」
「そういうこと言ってんじゃないだろ?」
「別に、尚也にどうしてくれなんて言ってないじゃない」
「どうしろって言われても困るけどな」
「だから、言ってないでしょ? 私の顔が気に入らないなら見ないでよ」
「いい加減にしろ!」
思わず大声を上げた僕に、要がびくりと体を震わせる。
「……いや……だからさ、気の持ち方次第だって言うんだよ。おまえはなんでも悪く取るから」
「……」
黙って唇を噛みしめた要の瞳から、涙がこぼれる。
「……すぐ泣く」
イヤイヤをするように首を振って、両手で顔を覆って本格的に泣き始めた。
「泣くようなことかよ。時期が過ぎれば治るんだし、そんなにひどくもないみたいだし」
「……違うの!」
顔を覆ったまま、切れ切れに話し出したことをまとめると、
どうやら仕事で大きなミスをして、所属する会計事務所に迷惑をかけたらしい。
まだ新人だし、ひどく責められたわけではないけれど、完璧主義な面のある要にはつらかったようだ。
もちろん体調がすぐれないのもあるし、と、ここまできて、要が僕を見上げた。
「――尚也、最近冷たいし」
「はぁ? どこがだよ」
「冷たいもん。先に帰っててもご飯作ってくれないし、休みの日もどこも出かけないし、
朝はなかなか起きないし、何度言っても靴下裏返しで洗濯機に入れるし」
「……おまえそれ、だんだんズレてないか?」
「ズレてない! 朝出かけるのも私のほうが早いし、さっさと起きてくれなきゃ片付かないのに。
夜も、洗い物くらいするって言ってたのに、何もしないで先に寝るし」
……確かに、ここ数ヶ月はそうだったかも知れない。
「いや、俺も忙しかったから……そんなに大変なら、無理して仕事すんなよ」
「ここで辞めるなんてイヤ。今辞めたら、ほんとに逃げることになっちゃうもん」
「――だったら文句言うなよ。ちゃんと手伝うから。悪かったよ」
「尚也はいつも口ばっかりなんだから。それで自分のほうだけが忙しいと思ってる」
「……からむなぁ。飲んでるわけじゃないよな」
「どうしてそうなるのよ!」
駄目だこりゃ。言いたいだけ吐き出させるしかない、と、僕は要の愚痴に反論するのをやめた。
そのうち、付き合ってる頃のケンカの話だとか、僕が言ったきりで守れなかった約束だとか、
話はどんどんズレていったけど、半分以上聞き流して黙って壁を見ていた。
いつの間にか言葉が途切れがちになり、ただ時々しゃくりあげる声だけが聞こえて、それも静かになる。
「……要?」
ソファにもたれた要は、すやすや寝息をたてていた。
「――ほんとに酒飲んでんじゃねぇだろうな」
そう呟くと、なんだか笑いがこみ上げてきた。
渡すタイミングを失った紙包みを、ソファの影からひっぱり出す。
せっかく、おまえの一番好きな店で買ってきたのにな。
「しょうがねぇな」
もう一度だけため息をついて、抱き上げた体を寝室に運ぶ。
ベッドの真中に、ぽん、と転がしても起きる気配はなかった。
――薬が効いてるんだろうな。
疲れてるのもあるだろうし。
外に出ると余計つらいかと思ってあまり出かけなかったけど、明日の休みにはどこか連れて行くか。
布団をかけてやって、泣き腫らした目元を拭う。
額にはりついた前髪を上げてやると、まるきり赤ん坊みたいに見えた。
「……ったく、ガキみたいに。言いたいことは溜め込む前に言えって言ってんだろ」
こんなんじゃ、俺達が親になれるまではまだしばらくかかるな。
苦笑して、それでも、少しづつなんとかなるのかな、と考えたりする。
「……さや」
「うん?」
「……ごめん……ね」
起きているのか寝てるのか、ムニャムニャ言ったかと思うと、またすーすーと眠ってしまった。
まあいいか。しばらくは、このわがままで気分屋なお姫様1人で充分だ。
要の好きなクッキーの詰め合わせの箱を枕元に置いて、その隣に潜り込む。
目を覚ました要が、季節はずれのサンタからの贈り物にどんな顔で笑うのか。
「一日遅れちまうけどな……少しは機嫌直してくれよ、奥さん」
そう囁くと、楽しい夢でも見ているかのように微笑んだ要が、しゅん、と洟をすすった。
〜fin〜
あと書きは
こちら
です。
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