週末になっても、由利江は帰って来なかった。
警察には一応連絡し、あたしも様子を見に実家に顔を出した。
――できることなど、ないのだけれど。
同時に、あちこちで行方不明になっている人がいると知ったのは、週が明けてからだった。
警察から聞いた話では、みんな20歳――由利江と同じ年。
由利江を含めて3人。女性2人に男性1人ということだ。
――何が、起きているのだろう。
何が起ころうとしているのだろう。
「――大丈夫か?」
母との電話を終えてため息をついたあたしに、蓮が訊いた。
「うん――さすがに参ってるみたい」
「そりゃそうだよな。……俺と同じ年だっけ、妹」
「そう。普段からフラフラしてる子なら心配しないんだけどね」
「俺みたいに?」
「何言ってんだか――家、大丈夫なの? 本当に」
「ああ、親父は、多分。でもやっぱ、一度帰るかな」
「え、どうやって?」
「……すいません。交通費貸して下さい」
「いやそれはいいけど……そのカッコでいいの?」
蓮は髪をショートにし、相変わらず中性的なスタイルでいる。
でも――さすがに元の顔とは違うだろう。
「親父の留守に行くから。今度の週末出張のはずだし。
一応少しは貯金くらいあるからさ――俺のだよ、もちろん」
ムキになって言う蓮に、思わず笑いがこぼれる。
「……笑うことねぇだろ」
「あ、ごめん。この状況じゃ仕方ないし、お金なんて気にしないでよ」
「そうはいかないんだよ、俺としては」
フクレて言う蓮は、女の顔のせいかとても可愛く見える。
――同じ顔でも、この子のほうがよっぽど可愛げがあるってもんね。
「だからさ、何がおかしいんだよ」
「ううん。ただ――可愛いな、と」
「あのなぁ!」
テーブルをひとつ叩いて、あたしを軽く睨む。
「冗談でも、男に可愛いとか言うなよな。
そりゃ今はこのカッコだし、3つも下だけど、イヤなんだからよ」
そうかなあ。
イヤだと思うほうが子供っぽいような気もするけど、それは黙っておいてあげよう。お姉さんは。
「俺のことバカにするのは勝手だけどさ、そういう態度は良くないってのは覚えとけよ」
偉そうに。あたしはちょっとカチンときたけど、
こんなことで連と言い争っても仕方ないのでハイハイと頷いておいた。
「分かってねぇよな。まあいいけど。
これでも、俺の中身は俺のままなんだ――それだけは、忘れないでほしいから」
思いがけず強い蓮の瞳の色に、あたしは自分が彼を傷つけたことをようやく自覚した。
自分にとってくだらないことでも、相手から見て譲れないことはたくさんある。
それを尊重し、踏み込まないことも必要だとは知っているつもりだ。
ただ――今のこの状況と、蓮の明るさにそれを忘れてしまっていたかも知れない。
「分かった。……ごめんなさい」
「いや、別に……そんだけ」
急に照れくさくなったのか、広げた新聞に目を落とす。
あたしはお茶を淹れに立ち、蓮がいつ家に帰る気なのか確かめようと口を開きかけた。
「なあ、おい」
逆に声をかけられて、仕方なく黙る。
「――妹の産まれた病院って、覚えてる?」
「はあ?」
何なのそれ……どこだっけ。
「そう言えば、その頃はうち、まだ東京にいたのよね」
「――マジ?」
「うん。父親の仕事の関係で――あんたと一緒ね。静岡に越したのは、あたしが小学3年の頃かな」
「東京の、どこ」
「H市って分かる? ほとんど埼玉なんだけど」
「……で、産院は? 分かるか?」
「えーとね……中林……とかいったかな。結構大きいとこよ」
「――うちだ」
「は?」
「俺んち――じゃなくて、じいさんのとこ。母方の」
「え? 何それ」
「俺もそこで産まれた――20年前に。
で、ここに載ってる、九州で一昨日から行方不明の男も、そうだ」
「何でそんなこと分かんのよ」
「俺と2日違いで産まれて、同じ病室に入院した。
母親同士が仲良くなって、しばらく一緒に遊んでた……幼馴染ってやつかな」
「へえ……すごい偶然」
「偶然だと思うか」
蓮は右手の指で新聞をパシンと弾くと、顔を上げた。
「3人とも、俺と同じ年だ。そのうち2人は、同じ病院で産まれてる。
――これが、偶然だと、思うのか」
息を呑むあたしを見つめ返した蓮は、苦しげに目を細めた。
翌日あたしは、由利江の大学の友達に電話をかけた。
警察の調べで、由利江と最後に会ったという子が見つかったのだ。
由利江は授業の始まる前にトイレに入るのをその子に見かけられ――それきり、消えた。
トイレの前でずっと見張っていたわけではないので、そのあと外へ出たのかも知れない。
けれどあたしは、あの子が授業も受けずに黙ってフラリと出て行くとは思えなかった。
少なくとも、あたしの知っているあの子なら。
あれから蓮は、思い詰めたような瞳をして考え込むことが多くなった。
同じ年、産まれた病院――あと1人の女性は、東京に住んでいた。
都心の方だから、どこで産まれたのかまでは確認できないけれど。
「間違いない」
明日は大阪へ帰ろうという夜、蓮が口を開いた。
「この3件はつながってる。行方不明になった理由も、俺が今こうなっている理由も、きっと。
――原因は、俺かも知れない」
「……蓮くんが原因だって、どうして分かるのよ」
「分からない。でも、俺はここにいる。
どういうわけか消えちまうこともなく――瞳子サンのおかげで」
あたしは久しぶりに、蓮が笑うのを見た気がした。
その笑顔に安心する反面――何故かとてつもなく、心細くなった。
「戻って、来るよね?」
「ん?」
「明日、用事が済んだらすぐ帰って来るよね」
「何言って――」
いつものように。
あたしをからかおうとしたように見えた蓮の表情が、一瞬真顔になり、
やがて、初めて見る優しい笑顔になった。
「――大丈夫だって」
「あたしも行く」
「すぐ帰るよ」
「ううん。――妹のこともあるし、行きたい。何か……見つかる気がする。
明日金曜日だし、有休とる。一緒に行く」
蓮はそれ以上止めることはせず、黙って苦笑した。
それでもその瞳は――どこか遠くを見つめていた。
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