答えはどこにある
悪夢を見ることはあるだろうか。
たった一人の人が口にした何気ない言葉や、
自分が辿り着けなかった場所に捕らわれることはないだろうか。
私にとっての悪夢は「早く死になさい」と二人の人間から言われたことだ。
それを、精神的外傷という。
生きている限り、こういった傷と無縁ではいられないと思う。
何てひどいことを、可哀想にと、言ってくれる人もある。
今を生きていることで、その言葉から立ち直ったと思うことも可能かも知れない。
けれど、傷跡が消えることはない。
誰のどんな言葉でも、自分がやり遂げたどんな事柄も、そこから解放してはくれない。
だからと言って、それを理由に人を傷付けていいのかという言葉を聞いたことがあった。
ひどい言葉をぶつけた本人に、自分を追い込んだ社会に、
仕返しをすれば済むことではないというのは、確かに正しい答えだろう。
じゃあ、どうすればいい。
何をすれば、ここから抜け出せる。
前を向いて歩いている時には気付くこともない痛みが蘇る時、
どうすればその痛みをやり過ごせると言うのか。
自分を受け入れてくれる場所、存在を認めてくれるものが、
その傷を隠してくれるとしても、どうしてもその痛みが消えることはないのに。
「共に生きると言うのか」(地球ゴージャス「地図にない街」)
泣いてもいい、叫んでもいい、心の底から、誰かを憎んでもいい。
その負の感情ですら、自分なのだから。
傷を負って歩いて来たからこそ、見付けたものはあるのだから。
ここにいていいんだ。その痛みすら自分の一部として、愛すればいいんだ。
簡単ではない。
強い自分でありたい。傷ひとつない、綺麗な生き物として存在したい。
そうあるためには、弱さも、傷も、抱き締めて生きればいい。
答えはきっと、ここにある。
自分で見付けた場所に、痛みを抱いて生きていくこと。
そして人の痛みを、傷を知ること。
優しい笑顔の裏には、誰もが傷を負っている。
それを、忘れずにいられたら、歩いて行けるのではないだろうか。
悪夢は、消えずとも。
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